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東京地方裁判所 昭和56年(ヨ)2032号 決定 1981年10月29日

債権者

ニュービス・ホンコン・リミテッド(紐比時香港有限公司)

右代表者

王増祥

右代理人

水田耕一

右復代理人

中島敏

債務者

有田正

右代理人

矢吹輝夫

河鰭誠貴

遠藤誠

丸島俊介

主文

本件申請をいずれも却下する。

申請手続費用は債権者の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請の趣旨

1  債務者は、申請外片倉工業株式会社(以下「片倉工業」という。)を代表して、

(一) 申請外株式会社イトーヨーカ堂(以下「イトーヨーカ堂」という。)との間において、片倉工業が別紙物件目録記載の各土地のいずれかに、イトーヨーカ堂らにショッピングセンターとして使用させる目的で建物及び駐車場を建築し、これをイトーヨーカ堂に賃貸するとの内容の契約を締結してはならない。

(二) 別紙物件目録記載の各土地を個別に、又は分割して、第三者に売却してはならない。

2  申請手続費用は債務者の負担とする。

二  申請の趣旨に対する答弁

主文と同旨。

第二申請の理由(債権者の主張)

一  当事者

1  債権者は、六月前より引き続き片倉工業の株式を有する同社の株主である。

2  債務者は、昭和四九年二月以来片倉工業の代表取締役の地位にある者である。

二  本件ショッピングセンター計画

1  片倉工業は、埼玉県大宮市吉敷町四丁目に、旧大宮工場(大宮製糸所)の跡地である別紙物件目録記載の合計19万2636.16平方メートルに及ぶ集合した土地(以下「本件土地」という。)を所有している。

2  債務者は、片倉工業の代表取締役として、本件土地上に、イトーヨーカ堂にショッピングセンターとして使用させる目的で建物及び駐車場を建築し、これをイトーヨーカ堂に賃貸する計画(以下「本件S・C計画」という。)を有している。

3  本件S・C計画の概要は次のとおりである。

(一) ショッピングセンターの主店舗建物は、鉄筋コンクリート造り地下一階、地上三階の構造で、その建築面積は約七〇〇〇平方メートル、床面積は約二万七〇〇平方メートル、うち売場面積は約一万四一四二平方メートルとし、別に建築面積及び床面積各六六〇平方メートルの別棟店舗を建築する。また、附属施設として、鉄骨造り二階、建築面積約一万平方メートル、床面積約二万一〇〇〇平方メートル、駐車可能台数約九三〇台の駐車場を建築する。

(二) 右建物及び駐車場は一括して片倉工業からイトーヨーカ堂に賃貸するが、建物の一部についてはイトーヨーカ堂からさらに周辺の小売業者及びその他の専門店に転貸することを承認する。イトーヨーカ堂への賃貸期間は二〇年とし、その余の賃貸条件については片倉工業の従前の賃貸事例その他を勘案して決定する。

(三) 開設予定時期は昭和五七年三月とし、右建築等に必要な投資総額約五〇億円は、原則として全額イトーヨーカ堂より受領する敷金及び保証金をもつて、これに充てる。

(四) 本件S・C計画に使用する土地は、主店舗建物の敷地に約七〇〇〇平方メートル、駐車場敷地に約一万平方メートル、その他道路部分等を含めて合計約四万平方メートルとし、本件土地のうち、別紙物件目録(三四)ないし(三六)、(三八)ないし(四七)記載の各土地(合計14万2494.71平方メートル)の中からこれに充てる。右土地のうちどの部分を使用するかは、敷地確定後の実測に待つとされているが、現実には、本件土地のまさに中央部にショッピングセンターの建物が建築され、その位置から西側の旧中仙道に至る部分に駐車場が建築されるものと推定することができる。

三  善管注意義務及び忠実義務違反

本件S・C計画は、第一に片倉工業にとつて最後に残された最大の資産である本件土地の有する莫大な価値を一挙に滅殺することになるという意味において、第二に片倉工業の現在の劣悪な財務体質を改善する機会を半永久的に失わせてしまうことになるという意味において、著しく不当なものであり、したがつて、本件S・C計画の実施は、片倉工業の取締役及び代表取締役として債務者に要求される善管注意義務及び忠実義務に違反するものである。その理由は次のとおりである。

1(一)  本件土地の利用価値を認識し、それに見合つた利用方法を決定するためには、本件土地のある大宮市のみならず近隣の与野市及び浦和市を含めた地域の地理的、経済的発展性や開発の動向を充分に把握し、これらを前提とした策定作業を進めることが必要である。

そこで、まず大宮市の特性を要約すると、(ア)日本の最重要主軸上に位置し、しかもその交通の結節点にあたること、(イ)東北、上越方面からの流入を東京を通さずに千葉、立川、八王子、横浜等の地区へ送り出す拠点となることができ、またその逆も成立すること、(ウ)成田空港との直接の連絡が考えられること、(エ)周辺にかなりの人口集積を持つており、その圏域あるいは埼玉県全体の中枢地としての成熟が予想されること、(オ)鉄道交通基盤の条件が良く、一点集中型でない開いた圏域を構成できること、(カ)関越及び東北縦貫高速道路への接近性がよいこと、(キ)東北新幹線及び上越新幹線の結節点となり、その開業に伴い北日本の玄関としての機能の飛躍的増大が予想されること、(ク)大宮から池袋に至る通勤新線の新設により東京のベッドタウンとしての役割の飛躍的増大が見込まれること、などが挙げられるが、さらに注目すべきは、現在埼玉県において、大宮市、与野市及び浦和市を含む地域について新都心構想なるものが策定されつつあることであり、右の構想において、東北新幹線及び上越新幹線の分岐点にあたる大宮駅周辺のゾーンは、とりわけ重要なものとしてとらえられ、開発の対象とされることが明白である。

(二)  次に、本件土地の利用価値に見合つた利用方法を策定するためには、本件土地の利用に関する法制上の制約の現状と今後におけるその動向についての適切な見通しを持つことが必要である。

ところで、本件土地は現在建築基準法上の用途地域として工業地域の指定を受けており、同法による制約を受けるほか、大宮市の「開発行為に伴う公共施設整備指導基準」によつて、集団住宅の開発は認められないものとされている。しかしながら、用途地域の指定は、固定的なものではなく、社会的要請、現実の都市の情勢、時代の変化等に伴い変更されていくものであるところ、本件土地は極めて都心性の高い地区にあり、今後の都市発展を考慮すると、工業地域のまま存続することはありえないものというべく、現に埼玉県又は大宮市作成の各種公的資料を総合すると、本件土地周辺は、工場を他地域に移転させ、商業地域又は住居地域として開発すべき地域とされていることが解る。してみると、本件土地が商業地域又は住居地域に指定変更される条件は整つているものということができ、本件土地が現在工業地域として指定されていることに拘泥し、その制約のもとでのみ利用方法を考えることは、利用方法策定の前提を誤る結果となるものである。

なお、用途地域の変更は、所有者からの発議、陳情により地元(大宮市)の都市計画審議会の決定を経て、所定の手続によりこれを実現することができる。

(三)  本件土地は、古来大宮市内における交通の要衝に当り、かつ現在大宮市のビジネス及び商業の中心地をなしている大宮駅東口に至近の距離にあるうえ、埼玉県により策定されつつある前記新都心構想からみても、その枢要な地点に位置している。しかも、本件土地程広大でまとまりのある土地が単独の所有者に属し、かつその大部分が空地に等しい状況にあるという例は、大宮市内においても、また新都心構想の対象地域内においても他には見当らない。したがつて、本件土地の開発は、大宮市の都市構造及び新都心構想の全体にも影響を及ぼすべき重要性を有していることは明らかであつて、本件土地については、これらの広域的開発計画との一体性を持つた有機的かつ高度の利用計画を考究することが要請されている。また、それについては、本件土地の立地条件のみならず、そのまとまつた広さこそが重要なのであるから、本件土地の利用については全体を総合した利用計画を樹立することが肝要で、これを細分化する計画は本件土地の利用価値を無に帰せしめるものとなる。

(四)  以上の見地に立つと、本件土地の利用については次の三構想を策定することができる。

(ア) 流通センター計画構想

首都圏さらには関東一円に不足している流通センターを本件土地の広大さを活用して実現しようとする構想であり、前記の新都心構想にも極めて適合するものである。

(ィ) C・B・D計画構想

東北新幹線及び上越新幹線の開通によつて首都圏の北日本に向かつての玄関口となる大宮市に、企業業務及び行政業務についての都心と東北・北陸地方との間の媒介機構として必然的に要請されるC・B・D(Center of Business District)を実現しようとする構想である。

(ウ) 高密度コミュニティ計画構想

大宮市は今や完全に東京の通勤圏に属することから、大宮市のみならず首都圏域の需要を見込んで、高層及び低層の住戸だけでなく学校等の教育施設、ショッピングセンター、病院、広場などの生活必需施設を含めた高級集合住宅を建設しようとする構想であり、本件土地全体の有機的かつ高度な利用を図るため、総合的計画のもとに住戸及び右各施設の構造、配置等を決定しようとするものである。なお、大宮市の前記「開発行為に伴う公共施設整備指導基準」によつて本構想の妨げとなる本件土地の用途地域の指定が不変でないことは前述のとおりである。

(五)  右の各構想に比べ、本件S・C計画は余りにも矮少かつ部分的であつて、本件土地の重要性及び広範な利用可能性を認識したうえで、本件土地全体の総合的利用を図ろうとするものとは到底みられない。しかも、本件S・C計画においては、本件土地の中央部に建築されるショッピングセンターの建物及び駐車場が、二〇年間の契約期間をもつて、イトーヨーカ堂に賃貸されるのであるから、片倉工業は、右契約期間はもとより、借家法の適用によつて、さらに長期間本件土地中央部を他に利用しえないという制約を受けることになる。すなわち、本件S・C計画の実施により今後二〇年以上もの間、前記の三構想のいずれをも実現しえなくなることはもとより、右の三構想以外のいかなる構想によるにしろ、本件土地全体を総合的、有機的かつ高度に利用することが妨げられる結果となるのである。

したがつて、債務者の実施しようとしている本件S・C計画は、債務者が、本件土地の利用方法を策定するにあたり、当然要求される必要な情報の収集を怠り、かつまた得られた情報に対する適切な判断を下さないで、軽卒、安易に立案したものといわざるを得ず、これを実施することは、債務者に課せられた善管注意義務及び忠実義務に違反するものであり、また本件土地の利用方法が著しく制約され、その全体的総合的な高度利用が不可能となつて、その価値の減少を招き、片倉工業に回復不可能な損害を与えるものである。

2(一)  片倉工業は、債務者が代表取締役に就任してから昭和五五年一二月末までの七年間に、この間の営業利益総額一四一億一八一六万三〇〇〇円にほぼ等しい総額一三九億二三四五万三〇〇〇円(年平均一九億八九〇六万円)の利息及び割引料を金融機関に支払つてきた。片倉工業の業績は長い間低迷を続けているが、その原因は右のような金利負担の過大さに求められる。

しかして、債務者は、右のように営業利益の殆んどすべてといえる金利を金融機関に支払う一方で、かかる経営の実態を糊塗するため、片倉工業が全国各地に所有していた土地を次々と売却して利益を捻出してきたものであるが、このような資産の売り喰いを続ける限り、やがては資産を売り尽くして片倉工業を倒産させるに至ることは明白である。

昭和五五年一二月現在で、片倉工業の保有する土地資産であつて大都市圏内にあり、かつまとまつた地積を有するものは、もはや本件土地しか存在しないのであるから、本件土地の利用方法の策定は、片倉工業の財務体質を改善して、これを収益性のある企業とするか否かの岐路となる重要事項である。すなわち、片倉工業の財務体質を改善するためには、本件土地全体を高度に利用する総合計画を立て、大量の資金を導入して収益の増大を図ることが是非とも必要なのである。

(二)  片倉工業の従前の賃貸事例を参考とすると、同社が行なうショッピングセンター建築及び賃貸の方法は次のようなものである。

(ア) 賃借人となる量販店経営企業が銀行から建築資金相当額を借り入れて、これを保証金及び敷金として片倉工業に交付し、片倉工業はこの資金を用いてショッピングセンターを建築して、右企業に賃貸する。

(イ) 片倉工業は、ショッピングセンターの建物及び敷地に、前記企業の銀行に対する借入債務の担保として根抵当権を設定する。

(ウ) 片倉工業の受領した保証金は、一〇年間無利息で据置き、一一年目より二〇年目までの一〇年間に年二パーセントの割合による利息を付して均等年賦返済する。

(エ) ショッピングセンターの建物及びその敷地の維持及び管理に要する費用(減価償却費を含む。以下同様。)は、片倉工業が負担する。

右によれば、本件S・C計画において、片倉工業が本件土地にショッピングセンターを建築し、イトーヨーカ堂に賃貸することによつて得る利益は、イトーヨーカ堂より収受する賃料から、建物及び敷地の維持及び管理に要する費用並びに一一年目より二〇年目までの二〇年間に支払う保証金に対する年二パーセントの割合による利息を控除した額に相当することとなる。しかしながら、片倉工業の収受する賃料は、年額で建築費総額の約一〇パーセント程度に過ぎないから、前記控除後の利益は極めて僅かなものとなつてしまい、片倉工業のかかえている過大な金融負担を殆んど改善することができないことは明白である。

(三)  したがつて、本件S・C計画は、片倉工業の財務体質の改善という債務者ら同社の経営者に要請されている緊急、重大な課題の解決を忘れ、本件土地の一部のみの利用をもつて満足しようとする近視眼的計画といわざるを得ず、これを実施することは債務者に課せられた善管注意義務及び忠実義務に違反するものであり、また本件土地の利用方法が著しく制約される結果、片倉工業が本件土地全体を有効に活用してその財務体質を改善する機会が半永久的に失われ、同社に回復不可能な損害を与えるものである。

四  個別又は分割売却行為

片倉工業の大宮工場跡地は、もと本件土地のほか、大宮市吉敷町四丁目二二三番二、山林、三六一平方メートル外二筆(実測面積合計一四〇八平方メートル)を含むものであつたが、昭和五四年三月ころ債務者は、片倉工業の代表取締役として、右三筆を代金一億六四〇三万二〇〇〇円で大宮市に売却処分した。しかしながら、今後もし債務者が、残つた本件土地について同様の部分的処分を行なうとすれば、そのような行為が本件土地全体の総合的かつ有機的な高度の利用を困難ならしめ、ひいてその全体の価値を著しく減殺するものであることは前記三で述べたことにより明らかであるから、債務者に課せられた善管注意義務及び忠実義務に違反し、片倉工業に回復しがたい損害を与える結果となるものといわざるを得ない。

五  保全の必要性

債権者は、昭和五五年七月二五日商法二七二条に基づき、東京地方裁判所に対し、債務者を被告として本件S・C計画の実施の差止めを求める訴(同庁昭和五五年(ワ)第七九一二号)を提起したが、債務者は債権者の請求に応じない。のみならず、右訴提起後に発行された日本経済新聞及び「会社四季報」等の出版物には、片倉工業の役員又は担当者の発言として、あるいはこれらの者に対する取材の結果として、片倉工業が開発行為の認可のありしだい本件土地のショッピングセンター建築に着手する旨の記事が掲載されている。したがつて、債務者が本件S・C計画を実施する意思を改めておらず、かつその実施の時期が差迫つていることは明らかである。

また、債務者において、本件土地の総合的な利用に対する配慮を欠いていることは、本件S・C計画からも如実に窺われるところであるから、債務者が今後前記四で述べたような本件土地の部分的処分を行なうおそれは充分にある。

しかして、右のいずれの行為も、それが実行された後においてはこれを回復する手段がないので、実行前に差止める必要がある。

六  結語

よつて、債権者は本件仮処分申請に及んだものである。

第三申請の理由に対する債務者の認否及び主張

(認否)

一  申請の理由一項は認める。

二1  同二項1は認める。なお、本件土地は、現在片倉工業の大宮製作所(自動車部品工場)、ゴルフセンター、フィールドアスレチック施設等として利用されている。

2  同項2は認める。

3(一)  同項3の(一)は、以下に指摘する点を除いて認める。すなわち、主店舗建物の床面積は、2万7388.02平方メートルであり、その売場面積は、物品販売等の面積(大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律にいう「店舗面積」)が一万四一四二平方メートルで、他に飲食店等の面積が2999.06平方メートルであるから、これを合計すると1万714.06平方メートルとなる。また別棟店舗は、延床面積が734.5平方メートルで、売場面積が六六〇平方メートルであり、駐車場の延床面積は2万1231.32平方メートルである。

(二)  同項3の(二)及び(三)は認める。

(三)  同項3の(四)は債権者の推定にかかる部分を除いて認める。

三1  同三項の冒頭部分は争う。」

2(一)  同項1(一)のうち、第一段落は、一般論としては認めるが、債権者の指摘する諸点は、片倉工業及び債務者において調査、検討ずみである。第二段落は争う。

(二)  同項1の(二)のうち、第一段落は、一般論としては認める。第二段落中本件土地が現在債権者主張の法制上の制約を受けていることは認める。第二段落中のその余の部分及び第三段落は争う。

(三)  同項1の(三)ないし(五)は争う。

3(一)  同項2の(一)のうち、片倉工業の昭和四九年から昭和五五年までの営業利益総額並びに支払利息及び割引料の総額が債権者主張のとおりであることは認め、その余は争う。

(二)  同項2の(二)及び(三)は争う。なお、債権者の主張は、預り保証金等の運用益を全く考慮していない点に誤りがある。

四  同四項のうち、片倉工業が債権者主張の三筆の土地を大宮市に売却したことは認め、その余は争う。なお、片倉工業が本件土地を個別に又は分割して他に売却する計画はない。

五  同五項のうち、第一段落は認めるが、その余は争う。

六  同六項は争う。

(債務者の主張)

一1  片倉工業は、もと本件土地を大宮製作所、大宮製糸所、大宮セーター工場、大宮靴下工場等の敷地として利用していたものであるが、昭和四五年ころから、本件土地のその後の長期的利用計画の検討を始めていた。そして、昭和四六年三月には資産開発プロジェクトチームを編成し、以後右プロジェクトチームにおいて、公共的機関の資料を豊富に駆使し、本件土地をとりまく状況や大宮市の現状、将来の構想等を考慮して鋭意検討を重ねてきた結果、昭和五一年四月二〇日本件土地利用のおおよその方向として、本件土地をA、B、Cの三ゾーンに分け、北西部のAゾーンを商業地域とし、南部のBゾーンを生産及び流通関係地域とし、北東部のCゾーンを住宅地域又はA、Bゾーンの予備地域とする「大宮開発に関する基本方針」を策定した。

2  さらにその後も右プロジェクトチームにおいて、右の「大宮開発に関する基本方針」に基づき本件土地利用の総合計画を検討するなかで、その一環として、Aゾーン内にショッピングセンターを建設する構想が生まれ、これについて六案を想定してそれぞれの利害得失を考慮した結果、昭和五二年七月二五日右六案のうちの中仙道平行第一案が採用され、ここに本件S・C計画の大綱が策定された。そして、これが片倉工業社内のそれぞれの機関において検討され、昭和五五年一〇月三日取締役会において最終決定をみたものである。

なお最終的な総合計画においては、Bゾーン内にあつて、高収益を挙げている大宮製作所等の稼働事業所が存置されることも決定されているので、今後はショッピングセンターを含め、Aゾーン及びCゾーンが開発の対象地域として考えられている。

3  以上のとおり、片倉工業及び債務者は、本件土地全体の総合的有機的な利用について慎重な検討を加え、その総合的利用計画の一環として本件S・C計画を策定したものであつて、債権者主張のごとく、軽卒、安易にこれを立案したものではない。

二  本件土地利用に関する債権者主張の流通センター計画構想、C・B・D計画構想及び高密度コミュニティ計画構想なるものは、以下に指摘するとおり、具体性及び現実性を全く欠いており、片倉工業としてこれを遂行することは到底不可能である。

1 まず、債権者は、その主張する三計画構想について、本件土地を三区分のうえそのいずれをも実施すべきであるとするのか、あるいはいずれか一案を選定して実施すべきであるとしているのかを明らかにしておらず、また一案を選定すべきであるとすれば、いずれが優れているのかすら明確にしていない。のみならず、右三案のうち、流通センター計画構想及びC・B・D計画構想については、片倉工業又はその設立する別会社が事業主体としてこれを実施するのか、あるいは片倉工業が大宮市、埼玉県等の公共団体に本件土地を売却して、右公共団体が事業主体となるのかという点が、また高密度コミュニティ計画構想については、片倉工業が高級集合住宅を建設して、これを分譲するのか、あるいは賃貸するのかという点及び住戸とともに建設するという学校等の教育施設や病院などを片倉工業が自ら経営するのか、あるいはそれぞれの事業主体にその土地を寄付ないし売却するのかという点がいずれも不明である。

かくては、債務者が、経営者として右の各計画構想を検討し、その可否を決することは全く不可能である。

2 また債権者は、その主張する三計画構想のいずれについても、これを遂行する際の収益計画又は収支計算を示しておらず、したがつて、片倉工業が右の計画構想を遂行した場合には、収益を得ることができるか否か、できるとすれば、その額はいくらとなるかということが全く明らかとなつていない。およそ企業が現実の経営の中で、種々の事業計画を検討し、実施すべき計画を選択する際には、右のような収支計算をも含めて、資金計画、人的要因、ノウハウ等社内的な各種の関連事項を考慮し、株主、従業員、地域社会等に対する責任の完遂にも配慮して、永続かつ安定した収益を生み出す事業計画を選択することが必要であるところ、債務者の主張する計画構想には、右のような考慮や配慮が全く欠けているのである。

三  債権者は、片倉工業について過去七年間の支払利息及び割引料の額の合計を営業利益の額の合計と対比して、借入金利息の支払額が過大であるとし、かかる財務体質のため片倉工業の業績が低迷していると断定したうえ、本件土地の有効利用によつて片倉工業の財務体質の改善を図るべきであるのに、本件S・C計画によつては極めて僅かの利益しか挙げることができない旨主張するが、右主張は、次に述べるとおり、片倉工業の業績及び財務体質の点においても、また本件S・C計画の収益性の点においても、いずれも誤りである。

1 片倉工業は、経営多角化を推進しつつある中でも、年間売上高の五〇パーセント近くを蚕糸部門が占める蚕糸業中心の企業である。しかして、蚕糸業は蚕の卵を生産し、養蚕農家に供給販売する蚕種業と養蚕農家から繭を購入して生糸に加工する製糸業とから成り立ち、養蚕農業の始めと終りとを企業的に分担するものであるが、片倉工業は、蚕種及び生糸の各生産高において、いずれも蚕糸業界第一位のシェアを有する同業界の最有力企業であつて、国内の農業経済及び消費生活の発展のうえで、重要な使命を担つているものである。ところで、製糸業の原料である繭は、一年のうち、ごく限られた短日時の一期間に、多くは零細な養蚕農家において生産されるため、製糸業者は、右の短期間に一年分の生糸生産に必要な原料繭を現金で購入しなければならず、そのため一時に多額の現金調達を必要とし、このことが製糸業者の資金効率の悪さをもたらして、借入金額を押し上げる要因となつているのであり、片倉工業においても、借入金のうち半額を購繭資金が占める結果となつている。片倉工業の借入金の多寡を検討するには、このような製糸業の特殊性並びに蚕糸業界における片倉工業の地位及びその社会的、経済的使命等を充分に考慮することが必要であつて、単に片倉工業の数年間の支払利息及び割引料の額と営業利益の額との比較のみでは、充分な理解が得られないというべきであるのみならず、支払金利の対営業利益率をとつてみても、昭和五二年ないし昭和五四年度においては同期間の全産業及び製造業の平均を上回るものの、類似業種及び同業他社との比較においてはむしろ低率であつて、片倉工業の業績が低迷しているとか、財務体質が劣悪であるとかいう債権者の主張は全く誤りである。

2 本件S・C計画に基づく片倉工業とイトーヨーカ堂との間の賃貸条件については、未だ最終的に確定してはいないが、現段階で、確定すると見込まれる条件を基にして本件S・C計画の損益試算を行なえば、賃貸後二〇年間に約六五億円の税引後純利益を見込むことができ、その収益面での貢献は明らかである。

第四当裁判所の判断

一申請の理由一項の事実は当事者間に争いがない。

二同二項1、2及び同項3の(二)、(三)の各事実並びに同項3の(一)、(四)のうち本件S・C計画において、ショッピングセンターの主店舗建物が鉄筋コンクリート造り地下一階、地上三階の構造で、その建築面積が約七〇〇〇平方メートルであること、主店舗建物とは別に別棟店舗が建築されること、附設の駐車場が鉄骨造り二層の構造で、その建築面積が約一万平方メートルであること及び本件S・C計画に使用される土地は、主店舗建物敷地として約七〇〇〇平方メートル、駐車場敷地として約一万平方メートル、その他道路部分等を含めて合計約四万平方メートルで、本件土地のうち、別紙物件目録(三四)ないし(三六)、(三八)ないし(四七)記載の各土地中からこれに充てるとされていることは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件S・C計画において、ショッピングセンターの主店舗建物の床面積が2万7388.02平方メートル、売場面積が、物品販売等の面積及び飲食店等の面積を併せて1万7141.06平方メートルであること、別棟店舗の延床面積が734.5平方メートル、売場面積が六六〇平方メートルであること、駐車場の延床面積が2万1231.32平方メートルであること並びに本件S・C計画に使用される土地は、本件土地のほぼ中央部から西側の旧中仙道に至る部分が予定されていることが認められる。

三債権者は、債務者が本件S・C計画を実施することは、片倉工業の取締役及び代表取締役としての債務者に課せられた善管注意義務及び忠実義務に違反し、片倉工業に回復不可能な損害を与えるものであると主張するので、以下この点について判断する。

1  まず、債権者は、本件土地の開発利用にあたつては、大宮市周辺の地理的、経済的発展性及び開発の動向、特に埼玉県において、大宮市、与野市及び浦和市を含む地域について策定しつつある新都心構想を充分に把握し、これらの広域的開発計画と一体性を持つ有機的かつ高度の利用計画を考究すべきであり、また本件土地全体の総合的な利用計画を樹立すべきであつて、かかる見地から、本件土地の利用構想としては、流通センター計画構想、C・B・D計画構想及び高密度コミュニティ計画構想を策定しうるのに、債務者が策定した本件S・C計画は、債務者において、必要な情報収集を怠り、右のような広域的開発の動向に意を用いず、軽卒、安易に立案した、しかも、本件土地の中央部を部分的に利用するに過ぎない計画であるから、これを実施することは、本件土地の有する価値を一挙に減殺する結果となる旨主張するので、右主張について検討を加える。

(一) <証拠>によれば、昭和四八年及び昭和四九年に、埼玉県において、財団法人日本システム開発研究所に委託して、大宮、浦和及び与野の三市を対象とした新都心配置構想策定のための基礎調査報告書(疎甲第一六号証)及び新都心基本構想策定のための研究報告書(疎甲第一七号証)を作成させたことが認められるが、前掲各疎明資料によると、右各調査報告及び研究報告は、昭和四八年ないし昭和四九年当時における、大宮、浦和及び与野の三市の都市機能等についての概括的な現状分析及び総論的、抽象的な都市構想をまとめたものであつて、右対象三市内の個別的な各地区についての具体的な開発計画にまで言及したものでないことは明らかであるから、本件土地についての具体的な利用計画である本件S・C計画の内容が右各調査報告及び研究報告に適合するか否かを判断しうるものではなく、したがつて、本件S・C計画が埼玉県の策定する新都心配置構想又は、新都心基本構想と一体性をもたず、これらの広域的開発の動向に意を用いずに、軽卒、安易に立案したものであることを認定することもできない。

(二) また、<証拠>によれば、一級建築士指宿真智雄が、債権者の依頼により、前記新都心配置構想策定のための基礎調査報告書、新都心基本構想策定のための研究報告書その他埼玉県又は大宮市作成の各種公的資料を基にして、本件土地利用構想に関する調査報告書(疎甲第一一号証)を作成したこと並びに右調査報告書において、指宿真智雄は、埼玉県、大宮市及び本件土地につき順次その各地理的、経済的特性の分析を行ない(その内容は、債権者の主張とほぼ同一である。)、本件土地の利用計画に必要な指針として、本件土地全体を一体として利用できる総合計画であること、立体的で高度な利用計画であること、周囲の流動化に適応できる柔軟な計画であることの三点を挙げたうえ、本件土地の利用計画構想として、債権者の主張する流通センター計画構想、C・B・D計画構想及び高密度コミュニティ計画構想を提案し、かつ、ショッピングセンター建設計画の相当性を疑問視していることが認められる。しかして、本件S・C計画は、右調査報告書に適合しない内容を含むことが明らかであるので、さらに、右調査報告書の内容を検討するに、<証拠>によると、右調査報告書は、その提案にかかる前記流通センター計画構想、C・B・D計画構想及び高密度コミュニティ計画構想について極めて漠然とした叙述をするに止まつているのみならず、右各計画構想の提案に至る過程においては、埼玉県、大宮市及び本件土地の各地理的、経済的特性についての一般論的な現状分析のみに終始し、仮に、片倉工業が右各計画構想を事業化しようとした場合に、その利益計画を左右する具体的な諸条件、すなわち、現に本件土地を利用して操業を継続している事業部門の処置、本件土地に関する法的規制(本件土地が建築基準法上の工業地域に指定されていること及び大宮市の「開発行為に伴う公共施設整備指導基準」によつて、工業地域内の集団住宅の開発が認められていないことは当事者間に争いがない。なお、債権者は、右の用途地域の指定が変更される条件は整つている旨主張するが、右主張は単に債権者の推測に基づくものであるに過ぎず、指定変更がなされるとの明確な裏付けとなるべき疎明資料は存在しないので、右主張は採用しがたい。)、需要動向の予測、開発に際して地元公共団体に提供しなければならない公共的負担の内容や程度、租税の負担額及びこれらを加味したうえでの収益性等についての検討が欠落し、又は不充分であることが明らかであつて、これらの諸条件を併せ考えた場合に、なお、右調査報告書の示す前記指針や各計画構想がそのまま妥当するか否かは如何とも判断しがたいものである。したがつて、右調査報告書を直ちに採用することは相当でなく、これを前提として、本件土地利用計画としての本件S・C計画の当否を決することもできない。

(三) のみならず、<証拠>を総合すると、片倉工業は、昭和四五年ころから、株式会社日本エコノミストセンター、株式会社日本コンサルタントグループ、三井建設株式会社、竹中工務店、鉄建建設株式会社、大成建設株式会社、フジタ工業株式会社及び株式会社ウラツブの各社にそれぞれ本件土地の利用計画構想の立案を依頼し、さらに昭和四八年にはC・O・R連合設計事務所に右各社の立案した計画構想の検討、評価及び基本構想の策定を委託するなど、本件土地の利用構想について充分な検討を重ねてきたこと、その結果、昭和五一年四月二〇日までに、本件土地をA、B、Cの三ゾーンに分け、北西部のAゾーンを商業地域、南部のBゾーンを生産及び流通関係地域、北東部のCゾーンを住宅地域又は、A、B各ゾーンの予備地域とする旨の本件土地全体の利用計画を立てたこと、またそれと並んで、右各ゾーンのうち、Bゾーン内で現に操業を行ない、高収益を挙げている大宮製作所をそのまま存置し、Aゾーン内の一部にイトーヨーカ堂に賃貸するショッピングセンターを建設する旨のA、B各ゾーンの個別の利用計画の一部を決定したこと、その後右ショッピングセンターの建物、駐車場等のAゾーン内における位置及び方向等についてさらに検討を加え、昭和五二年七月二五日までに、担当部署において六案を想定して比較考慮の末、Aゾーンの土地効率を重視して、Bゾーンとの境界に沿つてこれと隣接した位置(本件土地全体からみれば、ほぼ中央部から西側の旧中仙道に至る部分に該る。)に、旧中仙道と平行して右ショッピングセンターの建物、駐車場等を配置することを決定し、昭和五五年一〇月三日の取締役会において、これが最終決定を得て、本件S・C計画の大綱が定まつたことをそれぞれ認めることができる。

しかして、右各事実によると、本件S・C計画は、多数の社外専門機関の立案構想を斟酌し、さらに内部の慎重な検討を経て策定された本件土地全体の利用計画の一環をなすものとして決定されたことが明らかであり、右の計画決定に至るまでの過程に徴し、本件S・C計画決定に情報収集の懈怠や考慮すべき事項の看過などが存在しないことのみならず、本件S・C計画が、それ自体本件土地利用計画としての相当性の範囲内にあることを推認することができる。

(四) 以上説示したことから明らかなとおり、<証拠>によるも、本件S・C計画の実施が本件土地の価値を一挙に減殺する結果となる旨の前記債権者の主張を認めることはできず、また他に右主張を認めるに足る疎明資料も存在しないので、右主張は失当として排斥を免れない。

2  次に債権者は、本件土地の利用方法の策定は、片倉工業の劣悪な財務体質を改善することができるか否かの岐路となる重要事項であるのに、本件S・C計画によつては極めて僅かの利益しか挙げることができず、しかも本件土地全体の利用方法が制約されるため、片倉工業が本件土地を有効に活用してその財務体質を改善する機会が半永久的に失われる結果となる旨主張する。そこで、片倉工業の財務体質が劣悪であるか否かの検討は暫く置き、本件S・C計画によつて片倉工業が僅かの利益しか挙げえないか否かについて判断する。

(一) 前記争いのない事実に、<証拠>を総合すると、

(1) 片倉工業は、本件S・C計画を策定するにあたり、ショッピングセンター施設の賃貸人をイトーヨーカ堂と定め、同社と折衝を重ねた結果、昭和五三年二月一七日基本的な合意に達し、同日イトーヨーカ堂の賃貸借申込みに対して承諾を与えたこと、

(2) ところがその後、ショッピングセンターの建築に必要な諸条件が整うまでに、当初の予想を超える日時を要し、右建築に着工できないまま長期間が経過したため、先に定められた賃貸条件のうち保証金及び賃料の額が不相当となつて、この点を改訂すべく現に両社間で再交渉が重ねられていること、

(3) しかしながら、右再交渉によつて改訂が可能と予測される保証金及び賃料の額を仮定し、これを斟酌すると、賃貸条件の主な内容は、(ア)イトーヨーカ堂は片倉工業に対し、ショッピングセンター賃借の保証金として五三億五五一五万五〇〇〇円を交付し、片倉工業はショッピングセンターの主店舗、別棟店舗及び駐車場の建築費合計五一億三八八〇万五〇〇〇円の全額を右保証金をもつてまかなう、(イ)賃料は賃貸初年度において、主店舗が月額三七二八万二五〇〇円、駐車場が月額七〇六万四二〇〇円とし、三年毎に協議のうえ改定する(別棟店舗の賃料は未定である。)、(ウ)イトーヨーカ堂から片倉工業に交付された保証金のうち、二億五三六九万五〇〇〇円は敷金に振替え、残額の五一億〇一四六万円は、九年間無利息で据置いた後、一〇年目から年二パーセントの割合による利息を付したうえ、一〇年間にわたつて毎月末に均等償還する(敷金二億五三六九万五〇〇〇円は賃貸期間中無利息で据え置く。)、

というものであること、

(4) 右の賃貸条件に基づき、賃料額が三年毎の改定時に各一〇パーセントの割合で増額されるものとし、他方経費は、ショッピングセンターの維持及び管理費用等の諸経費が初年度二〇〇〇万円、第二年度一〇六〇万円、その後毎年六パーセントの割合で上昇し、保険料が初年度一二三四万六〇〇〇円、その後二年毎に一〇パーセントの割合で上昇し、建物固定資産税が年額六一四九万二〇〇〇円、土地固定資産税が年額一七九六万七〇〇〇円、不動産取得税が一億三八三五万八〇〇〇円、新規事業所税が二億二三六〇万円であるものとし、また法人税及び法人住民税の税率を50.6パーセントとし、さらに各年度に発生する余剰資金の運用益を年八パーセントの割合によるものとしてこれを各年度の収益に加算して、本件S・C計画の損益試算を行なうと、別表損益試算表のとおりとなつて、税引後純利益の各年度合計額が一〇年後に約一八億円、二〇年後に約六三億円となること、がそれぞれ認められる。

(二) 右損益試算が将来にわたる不確定な要素を含むものであることは、前記説示に徴して明らかなところであるけれども、およそ企業の行なう事業計画がかかる将来の不確定要素をも基礎とせざるを得ないことはむしろ通常のことであつて、それが試算時における合理的な将来予測の範囲を逸脱しているものと認められない限り、当該損益試算の妥当性は否定しえないものというべきところ、右認定にかかる本件S・C計画の損益試算中に現在における合理的な将来予測の範囲を逸脱した不確定要素が含まれていることを認むべき疎明資料は存在しない。

(三) しかして、前記損益試算に基づく純利益額は、本件土地のうち、約四万平方メートルを使用する事業計画によつて得ることができる利益としては、必ずしも過少であると評することはできないから、本件S・C計画によつて僅かの利益しか挙げることができないものとは到底認めえない。したがつて、債権者の前記主張は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

3  以上説示の次第で、債務者が本件S・C計画を実施することが、片倉工業の取締役及び代表取締役としての債務者に課せられた善管注意義務及び忠実義務に違反し、片倉工業に回復不可能な損害を与える旨の債権者の主張は、これを認めるに足る疎明資料がなく、結局被保全権利の存在が疎明されないことに帰着するので、本件申請のうち、前記申請の趣旨1、(一)の部分は、失当として却下すべきである。

四次に債権者は、債務者が片倉工業の代表取締役として、本件土地を個別に又は分割し、これを他に処分するおそれがあるとし、右行為は債務者に課せられた善管注意義務及び忠実義務に違反する旨主張するので、まず、債務者が右のような行為をするおそれがあるか否かについて判断する。

片倉工業がもと大宮工場跡地として本件土地と一体をなしていた債権者主張の三筆の土地を昭和五四年三月に大宮市に売却したことは当事者間に争いがない。しかしながら、<証拠>によれば、片倉工業は、右三筆の土地を売却するにあたつて、右三筆の土地が大宮工場北側の一隅に位置し、これを手放したとしても、面積及び形状などの点で本件土地全体の利用価値に殆んど影響を及ぼさないこと、大宮市が右三筆の土地を買受ける目的は、同市が教育文化施設の充実のための施策として推進している公民館建設の用地とするためであり、片倉工業としては、地域社会への貢献という見地からのみならず、本件土地の開発利用計画を進めるうえでも、地元対策として、大宮市の右施策に協力することは有意義であることなどの判断に基づいて右売却決定を行なつたとの事実が認められ、右事実を併せ考えると、右三筆の土地を売却したからといつて、今後さらに本件土地を個別に又は分割して売却するおそれがあるとはいいがたく、他に右のおそれがあることを認めるに足る疎明資料も存在しない(なお、債権者は、債務者に本件土地の総合的な利用に対する配慮が欠けているとも主張するが、右の主張が当らないことは前記三の説示によつて明らかである。)。

してみると、本件申請のうち、債権者の前記主張に基づく前記申請の趣旨1、(二)の部分は保全の必要性の疎明がないことに帰するので、被保全権利の存否を判断するまでもなく、失当として却下すべきである。

五よつて、本件申請は、いずれもこれを却下することとし、申請手続費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(石原直樹)

物件目録<省略>

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